キリマンジャロ
kilimanjyaro
| 5895m | 2010.12.7〜18 |
| 1日目
キリマンジャロに登りたいと思ってから4〜5年経った。12月、1月は何かと忙しく、私は家を留守に出来ない。70歳を目前にして今いかなくては行けなくなると覚悟を決め、キリマンジャロに登るぞと家族に宣言。ノマドのキリマンジャロ登頂とサファリーツアーに参加。参加者は女性4人、男性3人の7名で千歳空港からまずは関空へ。千歳からナイロビまで乗ったカタール航空は、全日空とのコードシェア便だったので、日本人の乗務員もおり、日本食も出て、居心地が良い。何よりも機種が新しいので気持ちが良かった。関空からカタールのドーハ空港まで11時間のフライトで翌朝4:55分ドーハ空港に到着。
2日目 ドーハ空港で、ナイロビ行きの便に乗り換え、5時間20分かかって12:30分ナイロビに到着する。混雑しているナイロビ空港からそのまま迎えのマイクロバスに乗る。赤や黄色、ピンクのブーゲンビリアンの花が咲き乱れる街中は暑く、いたるところ交通渋滞で、砂埃が舞い上がる街中を通り抜け、キリンセンターに立ち寄って、街中のホテルに宿泊。ホテルでも空港と同じように玄関入り口で荷物検査と身体検査を受けたのには驚いた。ここでも治安が悪いので、ホテルから出ないようにとの注意を受ける。ホテルは清潔で広々としていたので長旅の疲れがとれた。 |
| 3日目
朝8:30分乗り合いバスに乗って、キリマンジャロ麓のモシへ向かう。エネルギュシュなナイロビの街を抜け、大草原のど真ん中を走り続ける。マイクロバスは日本の中古車。街中で走っている車も殆どが日本の中古車で、日本の威力を感じながら、オンボロバスの窓枠から入り込む砂埃に悲鳴を上げる。マスクを二重にし、途中2回の検問を受けて、国境のナマンガに到着。バスから降り、税関でケニア出国手続きをして、今度は100bほど歩いて国境を越え、タンザニヤに入国。ここで入国手続きをして又、バスに乗る。検問を受けながらデコボコ道の悪路を進む。
原野の中を走りながらも時々マーケットらしき賑やかな場所が現れる。ケニアやタンザニアの道路の両脇の住民の家や店は、丁度日本の終戦直後のようだ。道路建設がおこなわれ、たくさんのトラックが走っていて、大勢の人達の動きがうねりのような光景はこの国がこれからどんどん栄えるのを感じる。緑が多くなり畑やバナナ畑が多くなった。アルーシャの街に入った。真っ赤な花のアフリカファイアや紫の花が咲き乱れるジャカランタの大きな樹が目に入る。ここで大勢の人が降り乗客は私達だけになった。 線路沿いの又、悪路を進む。突然城門の前にバスがとまって、開いた城門の中に入る。中は別世界で、噴水がわき、緑の木々が茂り、草花が咲きそろう楽園のホテルに7時間半かかって16時過ぎ到着。すぐに荷物のパッキングをする。明日からのキリマンジャロ登山に向けて登山に必要なものを取り出し、トランク等をホテルに預ける。準備も終わり、シャワーを使おうとしたら排水が詰まって使用できず、蚊が多く、ベットの上に蚊やがつってあるので、それをひろげたら穴だらけ。持ってきた蚊取り線香を2巻き使う。22時頃デパスを飲んでやっと就寝。 |
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| ホテルで荷物を選別する | ポーター達が荷物の整理 | マラングゲート入り口 |
| 4日目 8:30分マイクロバスで登山口のマラングゲートへ。一人15`の荷物はポーターが持ってくれるので寝袋や防寒用具等重いもの15`位大きいリックに入れる。自分のリックは水や食料、衣類など6`位で歩く事になる。標高1800bのマラングゲートに到着。現地のガイド(2人)とポーター(一人に2人つく)を頼むことが決まりで、私達の為に集まった人数は22人。プロパンガスから魔法瓶、食パンも荷物の上にくくりつけて、五泊六日の登山中の食料、調理道具すべてを運ぶ。入山手続きをしながらお弁当を食べ、11:50分アフリカ最高峰に向けいよいよ出発。
いかめしい門番のいる登山ゲートをくぐって2〜3分すると脇の藪の中から現地の人が枝先にカメレオンをのせ飛び出してきた。カメラと指さすのでおもわずシャッターを押すと”1ドル”と手を出された。それから次々と子供達が飛び出してくる。元気が良く本当にたくましい。森林帯の緩やかな登りが続き、木々にシダ類がからみつき垂れ下がっている様子はミルフォードトラックを歩いている気分だ。30分位すると雨になり本降りになった。ガイドはリックの横にくくりつけた大きなパラソルを拡げる。私もカッパを着て傘をさす。風のない樹林帯では傘が一番良いと改めて思った。 雨もやみ、14:54分マンダラハット(2700b)に到着。バンガローみたいな小屋は意外と広く、奥に二段ベットと両サイドにベッドの4人部屋。参加者4人の女性は、30代のDさん、50代のKさんと70歳を目前にした私ともう一人のSさん。ベットにはマットが敷かれ清潔で快適だ。トイレは少し離れた建物だが水洗なのには驚いた。キリマンジャロのハットはすべて国が管理しているという。ポーターに預けた荷物もすぐ到着し、寝袋を拡げ、明るいうちに明日への準備を整える。 18時ポーターが熱いお湯を洗面器に持ってきてくれる。手を洗い、ポーターの案内で食堂へ。真ん中の大きな建物が食堂になっていて、たくさんのテーブルが並び、大勢の登山者が食事や雑談を楽しんでいた。食堂にはテーブルクロスが敷かれ、じゃがいものフライ、トウモロコシ、キャベツの炒め物、鶏肉、コーンスープ、マンゴーと盛りだくさんの料理で満腹。紅茶やコーヒーをたくさん飲むようにとポットに熱いお湯をどんどん持ってきてくれる。これから一日に3〜4gの水を飲まなくてはならない。高山病にならないよう水の補給は重要なので、夜用にポットにお湯を1g入れて頂く。夜中のトイレを心配しながら20時寝袋に入る。 |
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| 木々にシダ類がからみついた登山道 | マンダラハット(2700b) |
| 5日目
今日はマンダラハットから3720bのホロンボハットへ6時間位の行程。朝焼けがとてもきれいで眺めていたらガイドが今日は1時頃から雨という。昨日もお昼過ぎから雨になるとピタリと当てたが、この辺りはいつも午後は天気が崩れるようだ。寒くなるので防寒服もリックにつめ、スパッをはき、雨具もすぐ出せるようにした。青空の中、7:45分出発。穏やかな樹林帯を進み、30分位登ると木々の間から目指す峰が見えた。まだまだはるかに遠い!途中、マンディクレーターを眺め、樹林帯の登りから灌木帯の登りになった。マツムシ草に似た花やハハコグサみたいな花等色々な草花が現れ始めた。そしてアフリカ特有の植物ロベリアやジャイアントセネシオが出現し、テレビで見た光景が広がってきた。 トイレは2〜3時間おきに簡単な小屋があった。やはりお昼過ぎ雨が降ってきたがたいしたことはなく、逆に雨に濡れて生き生きとした草花を眺めながら、橋を渡る。勢いよく流れる川の脇にはジャイアントセネシオが生い茂り、キリマンジャロに来たという実感をする。そしてホロンボハットが見えてきた。13:45分到着。ホロンボハットもマンダラハットと全く同じ作りで、同じような小屋に入り荷物の整理をする。夕方から急に寒くなり、ダウンを着込んで18:30分食堂へ。20〜25人の学生グループがキリマンジャロから降りてくる時で、一人降りてくるたびに拍手と喝采だ。食堂は遅くまで賑やかだった。 |
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| 草花も雨に濡れて | ジャイアントセネシオが生い茂る | ホロンボハットが見えてきた |
| 6日目 今日は高度順応日で久し振りにのんびりとする。8:30分食堂に行くと、昨日の学生や大勢の人達が下山したり、下山準備で広場は賑やかだった。昨日見えなかったが、雪に覆われたキリマンジャロがスクッと立つていて神々しい姿だ。ここ3日間寒さが厳しく、山頂への登山道は雪だったと話していた。今日は快晴。抜けるような青空で9:15分近くのゼブラロックまで4000bのハイキングにでかける。2時間程の散歩でお昼小屋に戻ったが、私にはまだ高度障害が出ていない。頭もクリアだし、気持ちも悪くない。明日は4700bなのでダイヤモックスを飲んだ方が良いとのアドバイスを得て夕食時、半錠のんでみた。ところが夜、1〜2時間置きにトイレに行く羽目になる。トイレに行ってお水を飲んでの繰り返しで夜が明けてしまった。 |
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| 早朝のキリマンジャロ | ホロンボハット | 静かな昼時の食堂 |
| 7日目
快晴。ホロンボハット8:15分出発、いよいよ最終小屋のキボハットへ。背丈も低くなった灌木帯の中、ゴロゴロ石の道を進む。キリマンジャロが正面に大きく現れ、そこに向かって一本の道が続いている。4200bのラストウオーターポイントを過ぎ、灌木もなくなってサドルと呼ばれる砂漠地帯に入った。日差しは強いが風が冷たく、フリースを重ねマスクをする。今日は微風なので砂が舞い上がらなく、どんどん近づいてくるキリマンジャロを見ながら雄大な景色に酔いしれる。10`20`と荷物を頭に載せて歩くポーター達や、下山する何十人の人とジャンボー(こんにちわ)と言葉を交わし、最後の急斜面を登ってアタック小屋のキボハットに着いた。13:45分到着。
入室手続きをして小屋に入る。4703bのキボハットは宿泊施設は小屋一棟。小屋の中はいくつかの個室になっていて、私達の部屋はニ段ベット5つの10人部屋。ラッキーなことに今日はとても空いていてこの部屋を私達だけで使えることになり、夕食までの時間にみんなで登頂準備をする。服は上は厚い下着、ウールのシャツ、ダウン、トレーナーそしてスキーウエアー。下はタイツ、厚い下着、冬ズボン、オーバーズボン。手袋も靴下も2枚ずつ。毛糸の帽子にライト。準備はできた。真ん中にある大きなテーブルで17時夕食のあと、仮眠して真夜中24時に出発することになった。18時過ぎもう男の人の寝息やいびきが聞こえる。私はトイレに2回も起きる。トイレは小屋からかなり遠く、一回目は真っ暗の中ライト頼りに岩の間を歩き回って、なかなか小屋に戻ることが出来ず心臓がドキドキした。そして寝袋に横になっただけで23時になり、皆も起きだして準備を始めた。 |
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| ホロンボハットからギボハットへ出発 | キリマンジャロが正面に | 4200bのラストウオーターポイント |
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| 荷物を頭の上に載せて運ぶポーター | サドルの向こうにキリマンジャロ | キボハット(4703b) |
| 8日目
真夜中0:10分。ライトをつけ、一列になって小屋を出発。私は前から3番目、ガイドの足並みにあわせ、ゆっくりと進む。30分も登らないうちに沢山着込んでいるせいか汗が出てくる。風もなく、星が大きく輝いている。40分位で水タイムになり、服を一枚脱ぐ。ここで大息する自分に気が付き、思い切り深呼吸をして、息のリズムを整える。岩場の道になり5000bの標識を越え、足も呼吸もリズミカルになってきた。5200b位の登りの時、先頭歩いていたSさんの足がついに止まってしまった。ガイドはSさんの眼球をライトで覗き、ポータをつけて下山を促した。嘔吐をしていた男性の一人も一緒に下山した。私は寒くなったので着込み、ネックウオーマーも二重にした。
傾斜もきつくなり、大岩に乗り上がると息が苦しくなった。呼吸をしても奥まで息が入っていかない。息を整えながら、ライトを頼りに岩をよじ登る。真っ暗なので前方のライトが岩でかくれると一瞬方向がわからない。大息しながら岩に乗り上がる。頂稜のギルマンズポイントに着いた。5682bに5:26分到着。東方がうっすらとオレンジ色になってきたがまだ真っ暗で5人全員揃い、皆到着する。私は快調なのでウフルピークに行きたいと思ったが、ここで下山するという。気が付いたら一人の男性がサブガイドと一緒にウルフに行ってしまった。ライトを照らしたが暗いので姿が見えない。一人が具合悪くなって、3人はすぐ下りるという。皆が下りるというので私も下りることにしたが、私もすぐ後を追いかけてウルフに行けば良かったと後悔する。 薄明るくなり始め、下山して数分過ぎた頃東の空が真っ赤になり大きな太陽が顔を出した。もやもやした気持ちが吹っ切れて、ここまできたら楽しんで下山しょうと決めた。豪華な日の出を拝んだ後、岩場から離れ、ガイドは砂礫を下り始めた。砂礫の急斜面を1000b一気に下る気だ。あまりの急斜面に転げ落ちそうになったが、すぐリズムがつかめた。4人共それぞれ自分のリズムで下る。朝日が暖かくなり、カイロに包んで懐に暖めていたカメラもウフルピークでは5枚で電池切れになったのに、そのカメラが動き出した。6:30分暑くなってきて上着を脱ぐ。富士山の須走りのようで、勢いよく下ると呼吸が苦しくなってくる。まだここは5200bあたりだと思いながら、それでも豪快な下りは楽しい。 4700bにあるギボハットの小屋が見えてきた。豆粒のような小屋めがけてどんどん下る。両脇にあった雪もなくなり、5〜6aはある霜柱を踏みつけながら7:55分ギボハットに到着。登りは5時間半位かかったのに、2回も休憩したのに1時間50分で下りてきた。途中で下山し元気になった2人に迎えられ、荷物の整理をしながらウルフに行った1人を待ち、全員揃って10:25分下山開始。素晴らしい天気でルンルン下山。いつも砂塵が吹きまくるという広大な砂漠地帯のサドルは今日も微風で心地よく、この道は天国に繋がっているのではと思うほど、雄大な景色の中の一本道は穏やかなアップダウン。振り返り振り返り眺めたキリマンジェロは、ジャイアントセネシオが最後に咲く場所に来て全員でキリマンジャロと記念写真。楽しんだ下山は2000b下ってホロンボハットに13:25分到着。 |
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| ギルマンズポイント(5682b) | キボハットから下る | 今度は正面にマウエンジ山を見ながら |
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| サドルを抜けてキリマンジャロを見る | ジャイアントセネシオで記念写真 | 年間20回は登頂するという熟練ガイドと |
| 9日目 ホロンボハットに早く着いた昨日は、キリマンジャロの登りも終わって熟睡したせいか、朝3時過ぎに目が覚めた。起き出して夜空を眺める。夜空は星の大群で星が降ってくるのではと錯覚を起こし、手が届きそうな距離に感じる星達に感激した。南十字星が大きいのにはびっくりした。今日も快晴。4日前ここに到着して見たキリマンジャロの頂は真白だった。4日間続いた晴天で雪が殆どなくなったキリマンジャロの頂きに別れを告げ下山開始。7:18分ホロンボハットから登山口のマラングゲートへ。今日がキリマンジャロ登山の最終日。暖かな日差しで、草花を楽しみながら2時間半かかって1000b下って、初日に宿泊したマンダラハットに10:33分到着。
ここでお昼のチャーハンとスープを頂き、又、1200bほど下って登山口マラングゲートに到着。側には1889年キリマンジャロに初登頂したドイツ人のハンス.メイヤーの記念碑が建っていた。キリマとは山の意味で、ンジャロは白く輝くとの意味でキリマンジャロは白く輝く山という意味だという。受付で出山届けをしてキリマンジャロビールで乾杯。天気も良く、素晴らしい仲間と良きガイドに恵まれキリマンジャロ頂稜に元気に立ててうれしい。ウルフにいけなかったのは残念だけど・・・そしてポーターの人達とお別れをしてから一路モシへ向かう。モシ”スプリングランズ”ホテルに16時過ぎ到着。ガイドから登頂証明書を頂き、久し振りのシャワーをあびる。今度は排水も良く、暖かいお湯をあびて幸せ一杯になり、夕食時キリマンジャロビールと南アフリカ産ワインで又、乾杯。 |
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| ホロンボハットから下る | ロベリアと遠方にキリマンジャロ | ハンス.メイヤーの記念碑 |
| 10日目
今日は野生動物のサファリーだ。朝4:30分起床。5:30分食事。6時ホテルを出発。アルーシャでバスを乗り換え、10:35分ナマンガ国境で又、出入国手続きをしてアンボセリ国立公園へ向かう。6時間30分かかってやっと国立公園内のホテル”セレナロッジ”に到着。道中埃だらけだったがホテルの敷地に入ると又、別世界。水と緑と花に囲まれた素晴らしいホテル。まるでハワイのようですぐに美味しいランチを頂く。1時間かけてゆっくり食事をした後、15時サファリーに出発。途中、マサイ族の部落に立ち寄る。マサイ族はカメラ嫌いと聞いていたが、$30払えばカメラOK、家の中も見せてくれるという。一人$30は高いと思ったが各々支払いするとマサイのダンスを披露してくれた。原色の衣装にたくさんの派手な飾りを身につけた踊りは単調だがとても綺麗だ。だが広げたおみやげを買わされ、商人マサイに感服。
いよいよサファリーの草原に入った。草原の生い茂る豊かな大草原と思っていたが、ここも干ばつの影響を受けているのか、随所に土がむきだしになっていた。それでもすぐにシマウマが出迎えてくれ、ペリカンみたいな大型の鳥がたくさん道路縁に歩いている。車はどんどん大草原の中に進み、食事中の象の家族に出くわした時、一頭が車に近づいてきてすぐ前を横断したのにはびくりした。ヌーの大群、ハイエナや、ライオンの時はドライバー同士連絡しあうのか砂埃をあげて車が9台も集まり、肝心のライオンは背をむけて行ってしまった。たくさんの動物達をウオッチングして18:30分ホテルに戻る。又、豪華な食事だったが蚊が多く襟を立て、蚊にさされないよう用心しながら食事する。部屋では奥に蚊やで仕切られたベットルームがあって快適だったが、ここでも蚊取り線香が役にたった。 |
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| マサイ族のダンスと一緒に | マサイ族の子供 | ホテルにいるたくさんのトカゲ |
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| ヌーの群れ | 象が目の前を横断 | 人間に興味しんしんのキリンが近づく |
| 11日目 今日でアフリカはお別れだ。猿や色鮮やかな大型トカゲが歩き回るホテルを7時出発。又、昨日と同じサファリー入り口のゲートに入り、2時間半動物達を眺めながら大草原を走り抜けナイロビへ向かう。朝は動物も活発で昨日より大群が多く、キリマンジャロを背景にヌーやシマウマや象の大群が移動する。植生が変わってキリンが多くなり、ゆったりと歩くキリンの姿は絵になる光景だ。そして草原を抜け、三重追い越しも気にせず恐ろしい程の交通渋滞の中を縫うように走ってナイロビ空港に11:45分到着。14:15分ドーハ空港へ向かう。 |
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| サファリーの大草原から見るキリマンジャロ |
| 12日目 ドーハ空港1:10分発の便で関空へ。満席の便には3組の日本のツアーが乗っていた。サファリーツアーだという。寝ているうちに日本上空に来て、16:10関空に到着。皆でおうどんを食べ、安心して美味しいお水も飲めてホッとし、やっと日本に帰ってきた実感がした。 |