カムイエクウチカウシ山 | カムイエクウチカウシ山 | 1979b | 1998.7.19〜21 |
カムイエクウチカウシ山に行こうとの夫の誘いにのり荷物の総点検をすることから山行きが始まった。八の沢にテント2泊するので軽量に努力し、リックの重さを10`におさえた。準備万端整い札幌朝6:15分出発。帯広から中札内へ。上札内から札内川沿いに林道を35`程進んで終点の七の沢出合に着いた。飯場があるせいか車が沢山駐車しているのに驚いた。広場には何人かの登山者もいたし、川の中を歩いている登山者の姿も見え、登山者が殆どいないと思っていたので熊への恐怖が薄れ、気が楽になった。カムイエクウチカウシ山は”アイヌ語で熊が崖から転げ落ちる所”と言う意味で熊の出没は日常茶飯事と聞いていた。
今日は快晴。12時沢靴を履きいよいよ札内川に入る。広い川原は石がゴロンゴロンで大きなゴロゴロ石の中を進んで行く。目の前にはカムイエクウチカウシ山が聳え、その山頂を見ながら川の中を進み、左に右に渡渉する。前にいた5人のパーティの姿が見えなくなり、後ろの方にいた2人連れもいなくなった。右岸の林の中から人がおいでおいでしているのが見えたが、夫がずんずん川の中を進んで行くので気になりながらも夫の後を追う。 |
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カムエクを仰ぎ見ながら | 札内川を進む | 八ノ沢出合テント場 |
2時間位歩いてやっと八ノ沢出合に着いた。狭いテント場にはテントが8張り。隅の方にテントを張り夕食の準備をしていると、隣のテントの人が釣ってきたイワナを下さった。私達の後ろを歩いていた人達で、川の中を歩かなくても右岸に道があったのにと云われた。昔は道などなかったけれどと夫が云う。どうやら学生時代に登った40年前の昔と同じように、カムエクの山を見みながら川の中をずんずん歩いてきたようだ。
朝暗いうちから人の動きで目が覚めた。隣のテントの人達はもう出発したようだし、あちこちのテントでも出発準備をしていた。まだ3:40分なのにと思いながら私達も急いで食事をし、4:33分出発する。荷物を軽くするために登山靴は持ってこなかったので沢靴で頂上にアタックだ。八の沢出合から広い河原歩きをして間もなく、木立の上に朝日に輝き眩しい姿のカムイエクウチカウシ山が見えてきた。沢の中を進み、雪渓が出てきて雪渓歩きになった。標高1000bで正面に滝が現れ三股に分かれた所に6人位の人が立ち往生していた。一人は滝の正面横から登っていた。3人が左の滑る岩肌をよじ登っていた。夫が左の巻き道を登り始めたので私も岩の木にしがみつく。 |
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雪渓を行く | 標高1000b三ツ股の滝 |
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沢はどんどん狭くなって | 八ノ沢カール | 高山植物を見ながら尾根上に |
滝の上に出て、又、沢を登る。沢は急になってどんどん狭くなり水量も減って、とうとう水の流れがチョロチョロになり、札内川の源頭に出た。景色もぐんぐん開け八の沢カールに着いた。お花畑が広がるカールの底はとてものどかで、熊に遭遇し遭難した慰霊プレートを見ながらここは熊のテリトリーと改めて思った。いよいよカールの底から尾根上へと最後の登りだ。高山植物が咲き乱れる中を楽しみながら登り切ると、ピラミット山への分岐点尾根上に出た。背後にピラミット山そして正面にカムイエクウチカウシ山の山頂を見ながら、右足下は八の沢カール左下はコイボクカールと素晴らしい景色の中、細い尾根道を進んでカムイエクウチカウシ山山頂に10:50分到着した。
山頂から一気に展望が開け、幌尻岳から1839峰、ペテガリ岳と日高の名峰が波のうねりのようだ。山頂は狭く一等三角点があるのみで標識もない。ほどよい暖かさで、日高の山々に囲まれて気持ち良く1時間休んでしまった。登山者は1人2人と入れ替わりに山頂に到達でみんなで喜び合いながら往路を下る。八の沢出合テント場には17:08分到着。山頂登頂できたうれしさで疲れも感じず、明るいうちに食事も終わりホッとして、反対側のテントの人がまだ帰っていないのに気がついた。滝のところまでは一緒だったのでいくらなんでも遅すぎる。やきもきしながら暗い河原にライトを照らしていると、道を間違えてしまってと21時頃ドロンコになって戻ってきた。安心した。 夜空に星が一杯で明日も快晴のようだ。翌朝7:30分出発。今度は川岸の巻き道を歩いて七の沢出合に9:40分到着した。 |
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カムエク山頂を見ながら尾根を進む | 山頂から1839峰を望む | 山頂から遠くペテガリ岳を望む |
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